今月の御法門 

   お祖師様のご恩 

      住職 小野山  淳堂

御教歌 

江の島の光物にて疑ひの

  むねのくもりぞはれわたりぬる

 夏期参詣、開導会も無事にご奉公させて頂く事が出来ました。開導会はコロナ禍早期終息祈願法要ともさせて頂き、寺内参詣は三〇二名で、通常の半分程のご参詣。コロナ禍の中とはいえ、無念さが残りました。

 高祖会は十月十八日で、神戸佛立寺の加藤日韻上人奉修です。私事ですが、二十二日に末娘が日韻上人のご子息と結婚式を挙げさせて頂くことになっており、晴天無事奉修を願っている所で、法要形態は未定ですが多数のご参詣を期待致しております。

 また、今月十二日はお祖師様の竜の口ご法難記念日です。五日の研修お講には、須磨・香風寺お住職の局日遙(つぼね・にちよう)化主をお迎えして、お祖師様をお偲びするご講演を頂きます。局お導師のご講演は宗内の幾つもの講演会で絶賛を博されており、密を避けつつ実施致します。一人でも多くご参詣ください。きっとお祖師様のご苦労に、涙なしではおれない一日となるでしょう。

 

 さて、冒頭の御教歌は、お祖師様の竜の口の現証ご利益によって、お互いの信心が確信に満ちたものにさせて頂けることは有難いことだと詠まれた御教歌です。

 最近、ニュースになっていましたが、八月二十一日、関東方面で火球(かきゅう)が見られたということです。

 

 お祖師様の「種種御振舞御書」という御抄には、「江のしま(島)のかたより月のごとく光たる物、まり(毬)のようにて辰巳(たつみ)のかたより戌亥(いぬい)のかたへひかりわたる。一二日の夜のあけぐれ(眜爽)、人の面(おもて)も見えざりしが物のひかり月よ(夜)のようにて、人人の面もみなみゆ。太刀取目くらみ、たおれ臥(ふ)し兵共(つわものども)おぢ怖れ、きょうざめ(興醒)て一町計りはせのき、或は馬よりおりてかしこまり、或は馬の上にてうずくま(蹲踞)れるものあり」とあり、これは文永八年(一二七一)九月十二日に起きた竜ノ口のご法難について、お祖師様ご自身が記されたお書き物の一節です。

 火球は稲妻や落雷と違い、丸い大きな光り物で、スマホでもその映像の動画が見られます。竜ノ口でもこの火球が飛来したものと思われます。刑場のすぐ近くに落ちたのでしょう。お祖師様を死刑にするために集められた屈強の兵士達が、一町(100m)ほども飛びのいてうずくまり、馬上から降りて土下座し、馬の背中にしがみ付いて震えていたのです。大きな音もしたでしょう。

 

 これは火球として科学的に説明できるものですが、この火球がお祖師様の危難に合せて現れ、首を切ることができなかったことは、単なる偶然ではありません。お祖師様が刑場に至る前、八幡大菩薩に、あなたには法華経の行者を守るべきみ仏との約束があるはずだ、と折伏されたその通りにお守りを頂かれたのです。

 お互いは、堅固な信仰の中から得られる信念と安心、喜びのある一生を教えて下さったお祖師様のご恩を忘れてはなりません。

 

御指南「真実の信心起る源は、高祖大士の大慈大悲の御苦労をおもひまはせは感涙押へかたし 此一筋のみ忘るゝ事なかれ」(扇全十四・一五二)