今月の御法門 

   「報恩ご奉公の大事」 

        住職 小野山  淳堂

 

御教歌

講中をたがひにすゝめはげまして
       御恩報じの奉公をせよ

  

 寒参詣も今月の初めまで。お料具膳や寒供養の調整、受付当番等、有難うございます。今年から日中参詣も受付させて頂いて、お寺の土を踏んで子供さんと一緒に参詣の方もあり、随喜致しております。しかし、お寺全体では、このご参詣に気張られる方がごく一握りである事は悲しい限りです。

 今年は、お寺・お講は弘通の道場である事を再認識し、道場で魂を清め、御利益の頂き方を学び、同信のみんなで信心の喜びが分かち合えるよう、「道場参詣者の増加」を誓願しています。各組とも、一人一人に声をかけ、参詣を勧め合わさせて頂きましょう。

 

 今月十六日はお祖師さまの七九七年目のお誕生日です。当日のご修行会にはお祝いの言上をさせて頂き、午後には信行講座を開かせて頂きます。あなたの顔が見れますようお待ちしています。
 また、十日には当山九世・僧正要華院日衛上人第卅三回忌を営ませて頂きます。年々、上人を知る方は減って行きますが、報恩の思いは伝え残さねばなりません。お塔婆・お盛物・お花・お供えで報恩の思いを表させて頂きましょう。

 

 さて、冒頭の御教歌は、声掛けのご奉公、足のご奉公の大事を教えて頂く御教歌です。ただ黙って据(す)わっていたのではご奉公になりません。どうしようと迷う人にも勧め、尻込みする人をも励まし、みんなで折伏教化に励んで、お祖師さまへの報恩ご奉公を果たせとお教えくださるのです。
 この御教歌には、「如説修行抄」と御題が置かれてありますが、この御抄は龍ノ口の法難を逃れられたお祖師さまが佐渡の島でお認めになったお書き物です。
 当時、お祖師さまはご法難続き。しかも、二度と生きては帰れないと言われた佐渡の島へ流罪となったお祖師さまを見て、信心を止めてしまう者が続出して、「千が中、九百九十九人は落ちて候」というあり様でありました。

 

 そんな中、お祖師さまは「人々御中へ」とあるように、鎌倉のお弟子・信者方にこの書を送って、法華経の行者に法難はつきもの、既に仏さまが法華経で予言なさっておられる通りで、仏さまのご在世当時より、この悪世末法の方が「猶、怨嫉は多い」のである。しかし、久遠本仏のご命令(仏勅)を受けて、上行菩薩の再誕としてこの末法に生れたこの日蓮はどんな法難に値おうとも、本仏釈尊の本懐を実現すべく折伏のご奉公をさせて頂くのである。このご弘通の法戦が終る時には、必ず「現世安穏」のこの世の寂光が実現するのであるから、我が同志たちよ、唱死にの覚悟で折伏弘通の道につとめよ。諦めるな。共にご弘通に励もうと激励されたのであります。

 

 西組の斎藤要子さんが、ある御講席で「腰も痛いし、歳もいってしんどいし。大変やわ」と仰ったご信者に、「あんた、家に帰って家族の前でそれをいうたらイカンよ。家族はそんならもう参らんときとなるから。お参りして有難かった。楽しかった。みんなと値えて良かったワと言わんと法灯相続できひんよ」と言われたと聞きました。
 お互いの一声が人を動かします。ましてや、足を運んでのご奉公は自分の「徳」となり「果報」となって返って来ます。共に報恩の折伏教化に励ませて頂きましょう。

御指南「大法を弘め給はんと思召すには大なるご苦労あり。幸に御出世の本懐たる本門八品上行所伝の本法を何の苦労もなく、すゝめられて持ちたる当流の人々、此御冥加の程を忘却し給ふ事なかれ」(扇三巻六六頁)