今月の御法門 

   生死に恐れなし 

        住職 小野山  淳堂

御教歌

妙法の五字をめあてに寂光へ

            かへれと祖師はをしへ給へり

  

 先月、高祖会に併せ、日雲大徳第卅三回忌法要も、晴天のもと無事にご奉公させて頂く事ができました。御会式の御有志に加え、お塔婆の建立、供え花、盛籠のご奉納と、心より随喜致しております。有難うございました。これからお教化を含め、ご奉公の総仕上げをさせて頂かねばなりません。共に祈願を凝らしご奉公の円成を誓わせて頂きましょう。

 さて、先日、JALの会員サービスにステイタスというクラスのサービスがあるということで、飛行機に乗ってこのサービスを受けながら、各地のグルメや名所など、色んな日本一にちなんで国内旅行をするというテレビの企画が放映されていました。飛行機旅行など縁遠い話しですが、「どこか遠くに行きたい」というのは人間の習性のようにも思えます。

 

 しかし、お互いが人生を終えて、イヤでも旅立って行かねばならない死出の旅路となると様子が一変します。それは行先も解らず帰る当てもない一人旅。この世の物は何一つ持って行けず、家族や仲間との気楽な観光旅行など比べものになりません。

 これに対して、冒頭の御教歌では、安穏の「寂光の都」こそ、お互い信者の死出の旅路の目的地。日夜に拝ませて頂く御本尊さまの御題目はその入り口で、お祖師さまが教えて下さった目印であるから、妙法五字を目当てに、声を励まし唱え、耳に聴き、心に納めて寂光参拝のお稽古をせよと教えられているのであります。

 

 この御教歌は、日雲大徳のご年回の際に上映させて頂いたスライドショーで、日雲大徳が御法門されていた御教歌ですが、寂光へ帰るのはお互いの心、お金や色など娑婆の迷いに心を引かれず、口唱信行を喜び、寂光参拝を目指せとの教えでした。

 先月、大阪日風寺の御会式で新入信徒の竹口さんというご信者にお目にかかりました。この方は、奥さん方の財産を巡って、周りの人から離婚を余儀なくされた上に、病気で急死したこの元奥さんの葬儀もなく戒名もなく、お骨を持て余した人達からお骨だけを持ち込まれた方で、懇ろにお弔いをして頂けるお寺はないかと探しておられた所に、離婚前、朝、二人で仕事に向かう際に、前を通りかかって好感を持っていた日風寺を思い出し、入信された方でした。

 

 入信してからというもの、丁寧なご回向に随喜して開門参詣とお掃除のご奉公をする内に、心に抱いていた憎しみの心の氷も次第に融け、脳腫瘍の手術の後遺症で不自由であった体も、自由に階段を上り下りできるようになられたのに加え、亡き元奥さんが夢に出て来られ、今まで戒名を付けて貰っていない何千という人たちと一緒に三途の川の手前に留まっていたが、ご回向のお蔭で、マイクで自分の戒名を呼んでもらい、船で向こうへ渡して貰えることが出来て嬉しい、それに、あなたの名前から一文字採って貰って、私は幸せだとお話しをされたということでした。

 

 また、その右手には御題目の書かれたお塔婆が握られていて、これがあると、川を渡ってからもスムースに先に進めるんだとお話しになったということで、今まで知らなかったことを不思議に教えて貰いましたと話しておられました。心が御題目に定まれば生死に恐れはありません。

御指南「現世の信心たしかなれば未来の浄土案じるに及ばず」(扇九・一六二)